学校でスマホを取り上げると使用量は激減しますが、テストの点はほぼ動きません。全米約5,000校のデータを使った2026年の研究の結論です。
- 授業中の私的利用は61%→13%に激減。ただしテストスコアへの平均効果はほぼゼロ
- 高校の数学だけプラス、中学はむしろマイナス。効果は一律ではない
- 導入1年目は懲戒増・幸福感低下も、2年目に反転する
「スマホを取り上げれば子どもの成績は上がる」——学校のスマホ禁止をめぐる議論は、たいていこの期待から始まります。2026年の時点で、米国の約3分の2の州と、世界の半数を超える国が、生徒のスマホ利用を制限する法律を持つに至りました。
では、実際に取り上げた学校では何が起きたのか。全米約5,000校が導入している磁気ロック式ポーチ(Yondr)を対象に、これまでで最大規模の検証が行われています。結果は、賛成派にとっても反対派にとっても、少し居心地の悪いものでした。
何が調べられたのか
研究は全米経済研究所(NBER)のワーキングペーパー「The Effects of School Phone Bans: National Evidence from Lockable Pouches」(No. 35132、2026年4月公開)。著者はスタンフォード大のHunt Allcott、Thomas Dee、Matthew Gentzkow、デューク大のJason Baron、ペンシルベニア大のAngela Duckworth、ミシガン大のBrian Jacobという6人です。
調べ方は時差つき差の差分析(staggered difference-in-differences)。ポーチを導入した学校と、条件の似た未導入校を比べ、導入の前後で差がどう動いたかを見る手法です。分析の設計は事前登録されており、後から都合よく解釈を変えられないようになっています。
- Yondr社の導入記録(いつどの学校が導入したかの正確な日付)
- スマホのGPS位置データ(40,542校ぶん・2019年1月〜2026年1月)
- 各州の標準テストの成績、出席率、懲戒処分の記録
- Panorama Educationによる生徒アンケート(幸福感・授業への集中・ネットいじめ)
- 研究チームが独自に実施した全国教員調査(2025年4月開始・約10万8,000件・全50州、全米の中学・高校の約半数をカバー)
スマホは、確かに減った
まず押さえるべきは、この施策がちゃんと効いているということです。「どうせ生徒は抜け道を見つける」という批判は、少なくとも量の面では当たっていませんでした。
校内のGPS通信は、導入から3年目で約30%減少。ただしこの数字は大人のスマホや「電源は入っているが使っていない」端末も拾うので、研究チームは控えめな下限値として扱っています。
もっと直接的なのは教員の報告です。授業中に私的な目的でスマホを使っている生徒の割合は、導入後に61%から13%へ落ちました。およそ80%減で、未導入校の変化を大きく上回ります。
それでも、テストの点は動かなかった
ここが本題です。導入後3年間のテストスコアへの平均効果は、一貫してゼロ近辺でした。しかもこれは「効果があったかどうか分からない」という曖昧な結果ではありません。サンプルが大きいため推定が精密で、0.007標準偏差を超える改善は統計的に否定できる——つまり「小さいけれど確かな効果」すら、ほぼ存在しないということです。
授業中のスマホ使用が8割減っても、テストの点は上がらない。この落差が、この研究のいちばん重い発見です。
高校と中学で、符号が逆になる
ただし平均の裏に、無視できないばらつきがあります。
高校ではわずかにプラス、中学ではわずかにマイナス。全体としてはこの差は統計的に有意ではありませんが、数学に限ると差ははっきりします。高校の数学では成績が0.024標準偏差ぶん上がりました。テストの分布に直すと0.9パーセンタイルの上昇で、これは「指導力の高い先生に当たったときの効果の、およそ5分の1」に相当する大きさです。中学の効果は逆向きで、大きさは半分ほどでした。
なぜ中学で逆に出るのか。研究チームは断定を避けつつ、2つの仮説を挙げています。ひとつは年少の生徒ほど衝動のコントロールが未熟で、スマホを取り上げられると別の逸脱行動に置き換わりやすいこと。もうひとつは、実際のデータでスマホ活動の減り幅が高校のほうが大きいため、中学は「導入と運用のコストだけ負って、得られる利益は小さい」構図になっている可能性です。
補助線になる数字もあります。米国の高校教員の72%がスマホによる妨害を大きな問題だと答えるのに対し、中学教員では33%にとどまります。もともと困りごとの大きさが違う場所に、同じ道具を入れている、ということです。
導入1年目は荒れる。そして2年目に反転する
この研究がおもしろいのは、効果が時間とともに符号を変えることを捉えている点です。
導入した年、懲戒処分は0.03標準偏差ぶん増えました。停学率にすると約15%増です。同じ年、生徒の主観的な幸福感も約0.2標準偏差下がります。取り上げられた直後は、荒れるし、不満も出る。
ところが翌年以降、懲戒の増加は消えます。幸福感はさらに反転して、2年目には+0.16標準偏差のプラスになりました。比較として、同じ著者グループの過去の研究では、Facebookを4週間停止すると幸福感が0.09標準偏差上がっています。その倍近い改善ということになります。
研究チーム自身が、この幸福感の反転については「示唆的(suggestive)」という言葉を使い、解釈に注意を促しています。観測期間が最長3年と短いため、「時間が経って効果が変わった」のか「後から導入した学校がもともと違っていた」のかを完全には切り分けられないためです。
変わらなかったもの
期待されがちな他の指標は、そろって動きませんでした。
- 出席率——0.189ポイントを超える改善は否定できる。平均出席率93%に対して0.2%程度の話で、実質ゼロ
- 慢性的な欠席——同様に小さく、精密にゼロ
- 授業への集中(生徒の自己申告)——改善の証拠なし
- ネットいじめの体感——改善の証拠なし
ただし後ろの2つについては、導入前から両群の傾向に差があったため、結論として言えることには限りがある、と論文は但し書きをつけています。
他の国では上がっている。なぜ結論が割れるのか
混乱しやすいのは、海外には「成績が上がった」という研究がいくつもあることです。
- イングランド(Beland & Murphy, 2016)——学校単位の禁止でテストの点が上昇。特に低学力層で大きい
- スウェーデン(Kessel et al., 2020)——同様の禁止で学業への効果は見られず
- スペイン(Beneito & Vicente-Chirivella, 2022)——PISAの点が上がり、いじめも減少
- ノルウェー(Abrahamsson, 2026)——中学校の禁止で女子のGPAが向上、メンタルヘルスの受診が減少、いじめも減少
- ブラジル・リオデジャネイロ(Lichand et al., 2026)——地区全体の禁止で成績が向上
- 米国フロリダ(Figlio & Ozek, 2025)——短期に懲戒が増え、2年目に成績と出席が改善(0.6〜0.9パーセンタイル)
結論が割れる理由は、たぶん「禁止したかどうか」より「何と比べているか」にあります。今回の研究が測っているのは、ポーチ導入前の各校のルールと比べた差分です。論文によれば、ポーチを導入する学校の多くは、それ以前から「教員の裁量」や「持っていてもいいが出してはいけない」という比較的ゆるいルールで運用していました。つまりゼロから禁止したのではなく、ゆるい禁止を厳しい禁止に切り替えた効果を測っている。上乗せぶんが小さくても、不思議はありません。
実際、フロリダの研究が報告した0.9パーセンタイルという数字は、今回の高校数学の0.9パーセンタイルとぴたり同じ大きさです。方向はそろっていて、量が小さい——というのが、いま見えている全体像に近いはずです。
この研究の限界
公平のために、論文が自ら挙げている限界も書いておきます。
- 観測できるのは導入後3年まで。長期の効果は未解明
- テスト・出欠・懲戒・アンケートという指標が、スマホ制限の影響のすべてを捉えているとは限らない
- 対象はポーチという特定の方式。ロッカー保管や全面禁止は、実装も効果も違う可能性がある
もうひとつ、読み手として知っておくべき点があります。ポーチの提供元であるYondr社は、この研究に行政データを提供した協力先です。論文の謝辞にも明記されています。結果が同社に不利な内容(成績は上がらない)を含むため、都合のいい方向に歪められた形跡は見当たりませんが、データの出どころは把握したうえで読むべきでしょう。
この結果を、家庭にどう持ち帰るか
この研究がいちばん強く示しているのは、たぶんこういうことです。
物理的に遠ざければ、使用時間は確実に減る。ただし、空いた時間が自動的に良いものに変わるわけではない。
授業中の私的利用が61%から13%になっても、テストの点は動きませんでした。減った時間が学習に流れ込むという前提が、そのままでは成立していない。取り上げることは前提条件を作る作業であって、それ自体が成果ではない、という順序です。
そしてもうひとつ。導入1年目は、指標が軒並み悪化します。懲戒は増え、幸福感は下がる。もしこれを「失敗した」と判断して1年でやめていたら、2年目に来るはずだった反転は永久に観測されません。家庭でスマホのルールを変えるときも、同じ形をしているはずです——最初の数週間の荒れ方で、施策の良し悪しを判断しない。
よくある質問
結局、学校のスマホ禁止は意味がないということですか?
なぜ中学校ではマイナスに出たのですか?
導入した年に荒れるのは、やり方が悪いからですか?
海外では成績が上がったという話を聞きます。矛盾しませんか?
本文中の数値はすべて同論文からの引用です。ポーチ提供元のYondr社は同研究にデータを提供した協力先である旨が論文に明記されています。