寝ホン=睡眠時の使用を前提に設計された小型イヤホン。市場を引っ張るのはAnkerとfinalの2社で、設計思想は正反対です。
- 家族のいびき・生活音を消したい → Anker Soundcore Sleep A30(約3万円)
- 音楽やASMRを小さな音で聞いて眠りに入りたい → final ZE500シリーズ(約9,000円〜)
- どちらでも、朝までつけっぱなしにせずオフタイマーで切る
「寝ながらでも使えるイヤホン」ではなく、寝ることを前提に設計されたイヤホン——「寝(ね)ホン」と呼ばれる睡眠用イヤホンが静かに売れている。横になっても耳が痛くなりにくく、寝返りを打っても外れにくい極小設計。ITmedia ビジネスオンラインがメーカー2社への取材記事を出しており、数字を見るとこの市場の育ち方がよく分かる。
先行するAnker(アンカー)は、睡眠特化イヤホン「Soundcore Sleep」シリーズの最新機を発売前のクラウドファンディングで約4.57億円分売り、オーディオ老舗のfinal(ファイナル)は、寝ホン系シリーズの累計販売数が30万台を突破した。ニッチに見えて、もうニッチではない。
寝ホンとは — 「寝ながら使えるイヤホン」ではない
普通のワイヤレスイヤホンは、横たわって使うことを想定していない。横向きに寝ると耳と枕の間に本体が挟まり、圧迫されて痛い。寝返りで外れて、朝ベッドの中を探すことになる。
寝ホンはここから逆算して作られている。共通するのは3点だ。
- 極小・薄型 — 耳から飛び出さず、枕と干渉しない。片耳3グラム前後の製品が主流
- 外れにくい装着設計 — 寝返りを打っても取れない形状
- 入眠サポート音 — ホワイトノイズや環境音など、眠りに入るための音がアプリに用意されている
スリープテックというと睡眠を「測る」スマートリングが話題になりがちだが、寝ホンは「眠る環境の音を整える」係。測って終わりではなく、その夜の入眠に直接介入する道具である。
Anker — ノイキャンといびきマスキングで「音を消す」
モバイルバッテリーのイメージが強いAnkerは、実は2025年に完全ワイヤレスイヤホンの国内数量シェアで初めてアップルを抜いて1位に立っている(アンカー・ジャパン調べ)。その次の一手として選んだのが睡眠特化だった。2022年の初代「Soundcore Sleep A10」から3世代目となる「Soundcore Sleep A30」(2025年9月発売)は、発売前の米Kickstarterで約4.57億円(308万7157米ドル)を集めた。
A30の売りは2つ。耳の形状や装着状態に合わせて周囲の生活音を抑える適応型ノイズキャンセリングと、同居家族のいびきを検知すると打ち消し用の音を自動生成して流すいびきマスキング機能だ。アプリには「眠りにつく物語」「瞑想」「ホワイトノイズ」などの入眠サウンド、睡眠モニタリング、周囲を起こさないイヤホンアラームまで載っている。
多機能なぶん、希望小売価格は29,990円と寝ホンとしては高額だ。それでも主な購入者層は30〜40代——「同居家族の生活音が気になる」「健康に投資したい」「出張先でも睡眠の質を上げたい」が購入理由の上位だという。眠りの悩みが「音」に集中している人たちが、はっきり存在している。
final — あえてノイキャンを載せない「緩やかな遮音」
対するfinalは、前身企業を含めると1974年から続くオーディオブランドで、フラッグシップは100万円を超えるヘッドフォン。従業員55人のうち10数人が研究員という研究開発型の会社だ。
finalの寝ホンの始まりは偶然だった。2021年に出したASMR特化イヤホン「COTSUBU for ASMR」が、知らぬ間に寝ホンとして使われていたのだという。ユーザーの声を拾って「それなら入眠をサポートする製品を作れば需要に応えられる」と、寝ながら使いやすい「ZE500 for ASMR」(希望小売価格8,980円)を2025年に発売。片耳約3グラム、挿入を浅くして異物感を抑えた設計が当たり、想定以上のヒットになった。
注目すべきは、finalがノイズキャンセリングをあえて載せていないことだ。理由がはっきりしている——ノイキャンは周囲の雑音を消すために逆位相の音を出し続ける技術で、いびきを消せるほど強力にかけると鼓膜に負荷がかかる。だからfinalは全体の音圧を下げて「音の角を取る」方向を選んだ。雑音は消えないけれど気にならない、耳栓のような「緩やかな遮音」である。
その勢いのまま、finalは夜専用に改良した最新機「ZE500 NYUMIN」(希望小売価格11,800円)を応援購入サービスのMakuakeで先行販売中で、約5,400万円を集めている(2026年8月中旬時点)。スマホの音量調整は通常16段階だが、NYUMINはアプリでそれより細かく音量を刻める。「無音と1の間」の音量を作る——入眠時は音の刺激を弱める必要があり、心地よい音量は個人差が大きい、という思想だ。
どちらを選ぶか — 比較表
| 項目 | Anker Soundcore Sleep A30 | final ZE500 for ASMR/NYUMIN |
|---|---|---|
| 思想 | 音を技術で消す | 音を消さず、角を取る |
| ノイズキャンセリング | 適応型ノイキャン搭載 | あえて非搭載(音圧を下げる設計) |
| いびき対策 | いびきマスキング(検知して自動再生) | なし(緩やかな遮音のみ) |
| 連続再生 | ケース込み最大50時間 | 単体最大4.5時間(NYUMINはケース込み18時間) |
| アプリ | 多機能(睡眠モニタリング・アラーム・入眠サウンド) | シンプル(細かい音量調整・夜用環境音) |
| 価格 | 希望小売29,990円 | 8,980円/NYUMIN 11,800円 |
| 向く人 | 家族のいびき・生活音で眠れない | 音楽やASMRを小さく聞きながら眠りたい |
選び分けはシンプルで、「消したい音」があるならAnker、「聞きたい音」があるならfinal。いびきや生活音という明確な敵がいるなら、マスキングまで自動でやるA30の3万円に意味がある。逆に、静かな環境で音声コンテンツとともに眠りに入りたいだけなら、鼓膜への負荷を避けたfinalの設計のほうが理にかなっている。
寝ホンを使うときの注意 — 「朝まで」はやらない
売れている理由がよく分かる一方で、睡眠のサイトとしては注意点も書いておきたい。
- 朝までつけっぱなしにしない — 耳の蒸れ・圧迫は積み重なる。両社ともオフタイマーや入眠検知の自動オフを載せているので、必ず使う。「入眠までの道具」と割り切るのが正しい使い方
- 音量は下げられるだけ下げる — NYUMINが音量の細かさに開発資源を割いたのは、入眠時の音は小さいほどいいから。大きな音で長時間は聴覚への負担になる
- アプリ操作で寝る前スマホが伸びたら本末転倒 — サウンド選びに10分スクロールしていたら、それはもう寝る前スマホである。設定は日中に済ませ、ベッドでは再生ボタンだけにする
道具としての寝ホンは「音の環境を整える」ことしかしてくれない。寝つけない原因が音ではなく、就寝時刻の乱れや睡眠圧の不足にあるなら、イヤホンでは解決しない。音の問題には音の道具を、リズムの問題にはリズムの直し方を、が原則だ。