BAKUNEやVENEXに代表される「リカバリーウェア」は、いまや家電量販店やテレビCMでも見かける定番ジャンルになりました。ここで素朴な疑問が湧きます。着るだけで疲労回復をうたうウェアは、世界でも流行っているのか?
調べてみると、答えはかなりはっきりしていました。結論から言えば、「着る疲労回復」が一般向けの巨大市場になっているのは、ほぼ日本だけです。世界のスリープテックの主戦場は、まったく別の場所にあります。
「着る疲労回復」市場は日本のガラパゴス
まず日本市場の規模から。日本能率協会総合研究所の推計によると、リカバリーウェア市場は2024年の約189億円から、2030年には約1,700億円へ拡大すると予測されています。6年で約9倍という急成長です。
この爆発のきっかけは制度にあります。2022年10月、一般医療機器(クラスI)の一般的名称として「家庭用遠赤外線血行促進用衣」が新設されました。これにより、基準を満たして届出をすれば「血行促進」「疲労回復」という機能を堂々とうたえるようになったのです。TENTIALやVENEXがこの枠組みで市場を広げ、2025年にはワークマンが1着1,900円の低価格帯で参入。「アスリートの道具」だったものが、一気に一般向け商品になりました。
各ブランドの違いと選び方はリカバリーウェア比較の記事で、そもそも効果をどう考えるべきかはBAKUNEの原理の記事で詳しく書いています。
海外に「着る回復」はないのか
実は、あります。米Hologenix社の特殊繊維「Celliant(セリアント)」は体の熱を遠赤外線として輻射する素材で、Under Armourがこれを使った「Athlete Recovery Sleepwear」を展開してきました。NFLの伝説的選手トム・ブレイディとの共同開発で話題になったシリーズです。イギリスには同種の赤外線ウェアを作るKYMIRAもあります。
ただし海外でのこれらの位置づけは、「トップアスリート向けの回復ウェア」か「ニッチなウェルネスアパレル」止まりです。日本のように、会社員や高齢の親へのギフトとして量販される風景はありません。
理由のひとつは規制です。米国(FDA)や欧州では、ただの衣類に「疲労回復」という医療的効果を表示するハードルが高く、ライフスタイル製品として売るしかない。日本のような「一般医療機器のお墨付き付きパジャマ」という売り方が、そもそも成立しにくいのです。
世界の主戦場は「測る」— 約3.5兆円市場の中身
では海外のスリープテックはどこで戦っているのか。調査会社Straits Researchのレポートによると、世界のスリープテック市場は2025年時点で約233億ドル(約3.5兆円)。年平均13.8%で成長し、2034年には約747億ドル(約11兆円)に達すると予測されています。この市場の中心は一貫して「計測とデータ分析」です。
- ウェアラブル(市場シェア最大) — Oura RingやGalaxy Ringなどのスマートリング、Apple Watch。睡眠段階・心拍・呼吸をトラッキングしてAIが分析する。睡眠時無呼吸の検知でFDAクリアランスを取る段階まで来た
- スマートマットレス・非接触モニター — 温度を自動調節するEight Sleep、硬さと角度をAIが変えるSleep Number、シーツの下に敷くだけで心拍と呼吸の乱れを測るWithings Sleep Analyzerなど
- 光・音・アプリ — 概日リズムを整える光デバイス、瞑想アプリ、不眠症の認知行動療法(CBT-I)を提供するデジタル治療アプリ
地域差も明確です。米国は成人の約35%が睡眠不足とされ、睡眠時無呼吸の治療機器(CPAP)と保険制度が接続した医療エコシステムが強い。欧州は公的な健康プログラムとの連動、中国・韓国はウェアラブルの急速な普及が特徴です。そして日本だけが、電子機器を持たない「着る系」が独自の巨大シェアを占める市場になっています。
CES 2026のスリープテック — 「記録」から「介入」へ
2026年1月のCES(世界最大のテクノロジー見本市)では、睡眠関連の出展がこれまでで最も広いスペースを占めたと報じられました。トレンドの軸は、「測って翌朝レポートする」から「寝ている間にリアルタイムで介入する」への移行です。
象徴的なのが、脳波を解析して本人専用のデルタ波サウンドを生成し深い睡眠を促すmyWavesや、首に貼ったパッチから迷走神経を優しく電気刺激して入眠を助ける韓国NeuroTxのWillSleep(CESイノベーションアワード受賞)。AIがベッドやランプごと寝室環境を自動調整する製品も並びました。世界のスリープテックは「睡眠を計測するガジェット」から「睡眠に働きかける装置」へ進んでいます。
なぜ日本は「着る」を選んだのか — 4つの仮説
ここからは推測を含む考察ですが、日本だけで着る系が主流になった背景には、次の4つが絡んでいると考えられます。
- ① データ疲れの回避 — 計測系は「昨晩のスコアは50点」とダメ出ししてくる。数字を気にしすぎてかえって眠れなくなる「オーソソムニア」という言葉があるほどで、疲れた日本人が求めたのは分析より「着るだけで労ってくれる」受動的なケアだった
- ② 制度のお墨付き — 海外では難しい「疲労回復」の表示を、日本は一般医療機器の届出という制度で合法的に実現できた。マーケティング上の決定的な武器になった
- ③ 入浴→パジャマ文化 — 毎晩湯船に入り、寝間着に着替えるルーティンが既にある。「その寝間着を置き換えるだけ」なので導入の障壁がほぼゼロだった
- ④ ギフト消費との相性 — 2〜3万円のウェアが母の日・父の日・敬老の日の「健康を贈る」ギフトとして定着した。計測ガジェットは贈り物にしにくいが、パジャマは贈れる
「着る日本」と「測る海外」、どちらが正しいのか
こうして並べると、世界のテック企業がAIとセンサーで睡眠をハックしようとする一方で、日本は繊維と医療機器届出という徹底的にアナログな道具立てで数千億円市場を作った、という対比が浮かび上がります。ガラパゴスと呼ぶこともできますが、睡眠の「快適さ」に投資する文化が先行している、と読むこともできます。
そして、この2つは競合しません。リカバリーウェアを着ながらスマートリングで測ることは普通にできますし、測った結果「寝具や寝間着を変えよう」となるのが自然な流れです。大事なのはどちらの道具を買うかより、道具が教えてくれた結果を受けて行動を変えられるかどうか。それはどの国でも変わりません。