朝起きて、体は割と元気なのに、スマートウォッチの睡眠スコアが「58点」だと分かった瞬間に急にだるく感じてくる。今夜こそ良いスコアを出そうと意気込んで布団に入り、かえって寝つけない——。
心当たりがあるなら、それは「オーソソムニア(orthosomnia)」かもしれません。睡眠を測る道具が普及したことで生まれた、新しいタイプの睡眠の悩みです。
オーソソムニアとは — 2017年に睡眠医療の現場から生まれた言葉
オーソソムニアは、米国の睡眠研究者Kelly Baronらが2017年に医学誌Journal of Clinical Sleep Medicineの論文で提唱した概念です。ギリシャ語の「ortho(正しい・まっすぐ)」と「somnia(睡眠)」を組み合わせた造語で、「正しい睡眠」への完璧主義的なこだわりを意味します。
論文の背景にあったのは、睡眠トラッカーのデータを根拠に「自分は睡眠障害だ」と自己診断して外来に来る患者の増加でした。データ上のスコアを上げることが目的化し、ベッドに長くいすぎたり、眠りへの不安が強まったりして、むしろ不眠のパターンにはまっていく。測る道具が、眠りを悪くする——という逆説です。
こじらせるパターン — こうしてスコアの奴隷になる
- 朝、体感より先にスコアを見る — 「今日の自分の調子」をデータに決めてもらうようになる。スコアが低い日は、実際より不調に感じる
- スコアのために就床時間を延ばす — 長くベッドにいれば数字は稼げるが、眠れない時間が増えて「布団=眠れない場所」の学習が進む
- 夜中に測定結果が気になる — 目が覚めたついでにデータを確認し、脳が完全に覚醒する
- デバイスを外すと不安になる — 「測っていない睡眠はカウントされない」ような感覚になったら、かなり進行しているサイン
やっかいなのは、民生用トラッカーの睡眠段階の判定は医療検査ほど正確ではない、という点です。スリープテックの計測の限界で書いた通り、デバイスが示す「深い睡眠が足りない」は推定値にすぎません。不正確な数字に、正確に苦しむ。これがオーソソムニアの構図です。
スマートリング時代に、再び増えている
この言葉が生まれた2017年はリストバンド型の時代でしたが、いまはOura RingやGalaxy Ringなどのスマートリングが医療領域に踏み込み、毎朝詳細なスコアが届く時代です。測る人が増えれば、スコアに追い詰められる人も増えます。
面白いことに、この「データ疲れ」は市場の形にも表れています。世界のスリープテック地図の記事で書いた通り、海外が計測系に向かう中で、日本では「何も測らず、着るだけで労ってくれる」リカバリーウェアが独自の巨大市場になりました。その背景の一つに、スコアにダメ出しされたくない心理があるという見方ができます。
抜け出すための5つのルール
- ① スコアは週単位・傾向だけ見る — 毎朝の点数に一喜一憂せず、週に1回「先週より上向きか」だけ確認する。日々の数字はノイズが大きい
- ② 朝の体感を先に決める — スコアを見る前に「今日の調子は10点満点で何点か」を自分で採点する習慣をつける。体感とデータの主従を戻す
- ③ 寝床でデータを見ない — 夜中と入眠前の確認は禁止。見るのは朝、布団を出てから
- ④ スコアのために寝ない — 就床時間を延ばすのは逆効果。眠くなってから布団に入る原則は眠れないときの対処と同じ
- ⑤ ときどき「トラッカー休暇」を取る — 1〜2週間外して寝てみる。外すと不安になるかどうかが、依存度のいいリトマス試験紙になる
まとめ — 測るのは手段、眠るのが目的
睡眠トラッカー自体は良い道具です。問題は、スコアが目的に化けた瞬間に始まります。データは行動を変えるための参考情報であって、あなたの睡眠の成績表ではありません。数字より、日中を元気に過ごせているかどうか。それが最終的にはただ一つの正しい指標です。